昔は映画を観て、もっと簡単に泣いていた気がする。
音楽を聴いただけで胸がいっぱいになったり、
本を読んで何日も引きずったり。
でも年齢を重ねると、
「あれ、昔ほど感動しなくなったのかな」
と思うことがあります。
2026年8月18日のYouTube配信で、サカナクションの山口一郎さんが、年齢とともに変わった「涙」や「感受性」について話していました。
山口さん自身は、若い頃と今では、涙の意味合いそのものが変わったように感じていると話しています。
そして、その話は「心のアンテナ」という表現へと続いていきました。
若い頃の涙と、大人になってからの涙
山口さんは配信の中で、若い頃に流していた涙と、年齢を重ねてからの涙を少し違うものとして話していました。
若い頃は、もっと自然に感情が外へ出ていた。
一方で年齢を重ねてからは、何か大きなものが動かないと泣けなくなったような感覚がある。
そして、
「涙の意味合いって変わってくると思う」
という趣旨の話をしています。
これは、
「若い方が感受性が豊か」
「大人になると感動できなくなる」
という単純な話ではないように感じました。
むしろ、いろいろな経験を重ねることで、感情が動くまでの過程そのものが変わっていく。
そんな話にも聞こえます。
25〜26歳ごろに感じた「心のアンテナ」の変化
山口さん自身の場合、大きな変化を感じたのは25〜26歳ごろだったそうです。
その頃から、
自分の「心のアンテナ」の感受性が落ちたような気がした
と振り返っています。
ここで重要なのは、
これは「人間は25歳を過ぎると感受性が落ちる」という一般論ではありません。
あくまで、山口さん自身が振り返ったときに、そう感じたという話です。
それでも「心のアンテナ」という表現は、とても分かりやすいと思いました。
若い頃には、
小さなことにも反応していた。
新しいものに触れたとき、強く心が動いた。
些細な出来事をいつまでも覚えていた。
そんなアンテナの感度が、少しずつ変わっていく。
年齢を重ねた人なら、似た感覚を覚えたことがあるかもしれません。
映画や本を「一歩遠くから見る」ようになった
山口さんはその変化について、もう少し具体的に話しています。
25〜26歳ごろ以降、
以前より感じにくくなり、
映画を観るときも、本を読むときも、一歩遠くから見ているような感覚になった
と振り返っています。
この感覚は、少し分かる気がします。
映画を観ながら、
「この後こういう展開になるのかな」
と考えてしまう。
本を読みながら、
「作者はこういう意図で書いたのかな」
と分析してしまう。
音楽を聴いても、
ただ感情だけで受け取るのではなく、
構成や背景まで考えてしまう。
もちろん、それが悪いわけではありません。
知識や経験が増えたからこそ見えるものもあります。
ただ、その代わりに、
何も考えずに心を持っていかれる瞬間
が少なくなることはあるのかもしれません。
感受性が「なくなった」のではなく、形が変わったのかもしれない
ここで、「昔より泣けなくなった=感受性がなくなった」と考える必要はないと思います。
若い頃には若い頃の感じ方があり、
年齢を重ねた後には、その時だから感じられるものがある。
山口さん自身も「涙の意味合いが変わる」という言い方をしていました。
同じ映画を20歳で観るのと、
40歳で観るのとでは、
心に残る場面が違うことがあります。
昔は主人公に感情移入していたのに、
年齢を重ねると親の立場が気になる。
昔は恋愛の場面で泣いたのに、
今は家族との何気ない場面が残る。
感受性が消えたのではなく、
反応する場所が変わった。
そう考えると、「昔ほど泣けなくなった」ということも、少し違って見えてきます。
40代になると、周囲の変化も見えてくる
山口さんの話は、感受性だけではなく、年齢とともに変わる周囲との関係にも続いていました。
30代を過ぎ、40代に入ると、
周囲との違いに驚いたり、それに慣れていったりするようになったと話しています。
周りの人が結婚したり、
子どもができたり、
社会の中での役割が変わっていく。
その違いを見ながら焦ったり、比べたり、悩んだりする時期もあったそうです。
年齢を重ねることで変わるのは、自分の内側だけではありません。
周囲も変わります。
友人の生活が変わる。
仕事での立場が変わる。
家庭を持つ人も増える。
そして、
「自分はこのままでいいのだろうか」
と考えることもある。
感受性の変化と、周囲との比較。
この2つは別々のようでいて、どちらも「年齢を重ねる」という時間の中で起きることなのかもしれません。
ミュージシャンには、ミュージシャンの時間がある
山口さんは、自身がミュージシャンであることについても触れていました。
一般的な会社員とは生活のルーティンが違う。
決まった時間に出勤するわけではなく、
定時に仕事が終わるわけでもない。
夏休みやお盆休み、ボーナスといった生活の区切りも違う。
そのため、生活の中で大切にしているもの自体が、一般的な働き方をする人とは違うところがあるのではないかと話しています。
だからこそ、
周囲と自分を比べたときに、
「自分だけ違う」
と感じる瞬間もあったのかもしれません。
ただ、それは間違っているということではありません。
それぞれに違う時間の流れがある。
今回の話を聞いていると、そんなことも考えます。
昔の自分と比べすぎなくてもいい
「昔はもっと感動できた」
「昔はもっと何かに夢中になれた」
「若い頃の方が心が動いていた」
そう感じると、
今の自分が少し鈍くなったような気がすることがあります。
でも、
昔の自分と今の自分では、
経験してきたことも、
置かれている環境も、
大切にしているものも違います。
だから、同じものを見ても反応が違うのは自然なことなのかもしれません。
泣けなくなったのではなく、
泣く理由が変わった。
感動しなくなったのではなく、
心が動く場所が変わった。
そう考えることもできます。
「人と違う人生でも、自分を信じろ」ともつながる
以前の記事では、山口一郎さんが20歳の相談者に語った話を紹介しました。
▶ 人と違う人生でも、自分を信じろ|山口一郎さんが20歳の相談者に伝えたこと
周囲とは違う人生を歩いてきたことを不安に感じていた相談者に対して、自分の人生を信じて進むことについて話した回です。
今回の話でも、
40代になり、周囲との違いに驚いたり、比べて焦ったりしたという話が出ています。
もちろん、この2つの話を山口さん自身が関連づけて語ったわけではありません。
ただ、別の時期の言葉を並べてみると、
「周りと違う自分をどう受け止めるのか」
というテーマが、少し見えてくるように感じます。
「自分の生活を優先してほしい」という言葉とも違う角度でつながる
もう一つ、前回の記事では、
▶ 山口一郎さんがファンに伝えた「自分の生活を優先してほしい」|応援することが負担にならないために
という話を紹介しました。
今回の記事とはテーマが違います。
それでも、
昔の自分、
周囲の人、
他のファン、
誰かの生き方。
そうしたものと自分を比べ続けるのではなく、
今の自分がどう感じているのかを大切にする
という点では、どこか通じるものがあるように思います。
大人になった今だから、感じられるものもある
昔ほど簡単には泣かなくなった。
昔ほど何かにのめり込めなくなった。
それを、
「感受性がなくなった」
と寂しく感じることもあります。
でも、山口さんが話していた「涙の意味合いが変わる」という言葉を聞いていると、
それだけではないのかもしれません。
いろいろな経験をして、
大切なものが増えて、
失ったものもあって、
周りの人生も変わっていく。
その時間を通ってきたからこそ、
昔なら気づかなかったことで心が動くこともある。
心のアンテナがなくなったのではなく、向いている方向が変わった。
そんなふうに考えると、
年齢とともに変わる自分の感受性も、少し肯定できるような気がします。
元になった配信
2026年8月18日 YouTube配信
「サカナクション山口一郎の今夜も雑談中。25時からオールナイトニッポン!」
今回の記事で主に取り上げたのは、34分42秒ごろ〜37分30秒ごろの話です。
山口一郎さんが、若い頃と年齢を重ねてからの涙の違い、25〜26歳ごろに感じた「心のアンテナ」の変化、映画や本を見る感覚、40代になってから感じた周囲との違いについて話しています。
現時点では、この配信の公式アーカイブとして掲載できるURLを確認できていないため、動画リンクは掲載していません。
※このページでは配信内容をそのまま転載するのではなく、確認できた内容をもとに、前後の文脈を保ちながら要約・整理しています。
関連記事
▶ 人と違う人生でも、自分を信じろ|山口一郎さんが20歳の相談者に伝えたこと

コメント